けつねこんこん
記事編集:尾崎を語る会会員
上杉太郎
明治四十年頃といえば、もう遠い遠い昔のこととなってしまって、誰も知らない記録上の事実になりつつある。
みかげ石になるまで丸太橋が架かっており、近くにはざくろの木が茂り、淋しいところだった。
ここのきつねも、娘の姿が好きらしく、夜な夜な娘に化けて出ていた。
ある雨上りの夜更け、岸辺の石榴の枝から「ポチャンポチャン」と雫が水尾の水面に落ち、暗い暗い闇の中に響いていきます。
舟着場の岸は一段低い足場があり、そこに可愛い娘姿がもの憂いく水面を見つめるように、じっと座っていました。
ジャブ、ジャブ、ポンと釣り糸に掛かった魚を水の中から、引き上がるのに似た音を立てるかと思うと、娘の背後に小魚が白く跳ねた。
しばらくして、また、ジャブ、ジャブ水を混ぜる音がして、ポンと白い魚の跳ね上がるのが見えた。
娘は何度か同じ仕草を繰り返し、小一時間も岸辺にいた。
何匹かの小魚を釣り上げただろうに、小魚の姿はそこら辺にはない。
やがて、ぴょんと岸の上に一とび、ひらりと着物の裾をなびかせて、水尾の淵の小道へ、カラン、カラン、下駄の音を立てながらどこへともなく消えていった。
夜明けのあの場所には、石の上に水をかけたような、魚を置いたあとが、そのところだけしっとりと濡れていた。
次の日も、また次の日も石の上はあるひとところだけがじっとりと濡れていた。