波打ち際に叫ぶ声
記事編集:尾崎を語る会会員
上杉太郎
「波打ち際に叫ぶ声」の前に
それはそれは古い古い昔のこと。
日本にまとまった国が作られ、その力が日本中に行き渡り、朝鮮半島や中国大陸まで及んでいた大変勢いの強くなった頃。
今から何年前になるか見当もつかない遠い遠い昔。
尾崎の土地にも日本で最も権力を持っていた方の一人が来られたという伝説が残っている。
その方は神功皇后といって、朝鮮半島へ攻めていく軍隊の総大将だったのです。
日本にまとまった国が作られ、その力が日本中に行き渡り、朝鮮半島や中国大陸まで及んでいた大変勢いの強くなった頃。
今から何年前になるか見当もつかない遠い遠い昔。
尾崎の土地にも日本で最も権力を持っていた方の一人が来られたという伝説が残っている。
その方は神功皇后といって、朝鮮半島へ攻めていく軍隊の総大将だったのです。
本当かどうかわからないが、神功皇后の話は尾崎の地に古くから伝えられ、ノットの岩が祝詞の岩から名付けられ、神功皇后のお子さんの応神天皇は八幡宮に祀られ、毎年十月十五日(現在は第三日曜日)の祭には頭人がたてられる。
頭人は稚児姿をした応神天皇の姿を表しているとのこと。
尾崎に残る皇后の話は、女の悲しみを、勇ましく船出する軍勢の旗波の中に残した昔話として、今に祭の行事として再現されている。
「波打ち際に叫ぶ声」は、祝詞岩や頭人の姿に残る皇后の女としての内側を創作したものである。
頭人は稚児姿をした応神天皇の姿を表しているとのこと。
尾崎に残る皇后の話は、女の悲しみを、勇ましく船出する軍勢の旗波の中に残した昔話として、今に祭の行事として再現されている。
「波打ち際に叫ぶ声」は、祝詞岩や頭人の姿に残る皇后の女としての内側を創作したものである。
「波打ち際に叫ぶ声」
室津を通り、那波の崎を渡り、坂越の港を過ぎた木造船は、三韓征伐の軍兵を乗せ、波静かな瀬戸の海を岬へとさしかっかった。
舳に立てた印旗のゆらぎも少ない。
船室には、皇后とお側付きの二、三人の女官が一つの部屋を占めている。
部屋といっても、布で一方を仕切っただけである。
中には皇后が横になり、その体を囲んで、女官たちが何か心配気に見守っている。
舳に立てた印旗のゆらぎも少ない。
船室には、皇后とお側付きの二、三人の女官が一つの部屋を占めている。
部屋といっても、布で一方を仕切っただけである。
中には皇后が横になり、その体を囲んで、女官たちが何か心配気に見守っている。
しばらくあって、中の一人が急ぎ、階段を走り、近くに居た兵士に何やら耳打ちをして、今昇って来た急な階段をかけ降りていった。
女官に耳打ちされた兵士は、上官らしい男に告げた。
しばらくの思案の末、彼は大声をはりあげ「そのはなを廻って入江につけろ」と叫び、船室に飛び込もうとして足を止めた。
ややためらい、元の位置に引き返し、右前方を指して岬をまわるように促した。
女官に耳打ちされた兵士は、上官らしい男に告げた。
しばらくの思案の末、彼は大声をはりあげ「そのはなを廻って入江につけろ」と叫び、船室に飛び込もうとして足を止めた。
ややためらい、元の位置に引き返し、右前方を指して岬をまわるように促した。
ギギーッとひときしみして、船体が急に足を緩めると岬を右に廻りはじめた。
唐船島を左に受け、尾崎の磯へと急いだ。
唐船島を左に受け、尾崎の磯へと急いだ。
「一体何事でございますか」側の兵士が恐る恐る上官に尋ねた。
「皇后様がお子をお産みなさるのだ。急ぎ静かな入江に着けねばならぬ。」
「は、はい。」
「皇后様がお子をお産みなさるのだ。急ぎ静かな入江に着けねばならぬ。」
「は、はい。」
皇后様は夫君仲哀天皇が北九州筑前で熊襲を討伐中に急死をされると、妊娠中にもかかわらず、武内宿彌と謀って新羅を討つべく船出し、今ご出産の急場を船の中で迎えられたのだ。
やや西に傾いた秋陽が唐船島の松をすかして左舷一ぱいに注ぎ、白波の背が小さくキラキラと光を返している。
尾崎の浜は一部分を残して殆ど遠浅の砂地である。
船頭は潮の動きと色ぐあいを見ながら船を進める位置を指示し、岩場をめざした。
尾崎の浜は一部分を残して殆ど遠浅の砂地である。
船頭は潮の動きと色ぐあいを見ながら船を進める位置を指示し、岩場をめざした。
船室ではすでに男の御子を産まれた皇后様が、安らかな姿で休まれていた。
まるまると太った男の子は女官たちによって洗い清められ、安全な船室に移されていた。
まるまると太った男の子は女官たちによって洗い清められ、安全な船室に移されていた。
岩場の手前で船は止まった。
これ以上は近付けない。
小舟を降ろすと二、三人の男が岩場の間を上陸し、付近の様子を探っているようであった。
しばらくして小舟の三人は、船に戻って来た。
「おかしら様、近くに塩たきの家らしい民家が見られます。下船し、皇后様と御子のお宿を求めましょう。」
小舟で帰った三人の一人が申し上げた。
これ以上は近付けない。
小舟を降ろすと二、三人の男が岩場の間を上陸し、付近の様子を探っているようであった。
しばらくして小舟の三人は、船に戻って来た。
「おかしら様、近くに塩たきの家らしい民家が見られます。下船し、皇后様と御子のお宿を求めましょう。」
小舟で帰った三人の一人が申し上げた。
頭は女官にこのことを皇后様側近に伝えさせ、あわただしく荷づくりをし、小舟に降ろした。
やがて皇后様と御子、そして船を守るものたちを残して、多くの女官や兵士たちも岩場を伝い山裾に見える民家へと急いだ。
やがて皇后様と御子、そして船を守るものたちを残して、多くの女官や兵士たちも岩場を伝い山裾に見える民家へと急いだ。
一夜のうちに打ち合せや船出の準備を整え、次の日陽も高くなった頃、皇后様を中にした一団が岩場の上に姿を現わした。
「皇后様、せめてもう一日お体を安ませられては…。」
気丈な皇后様は、一日留まることが船を遅らせ三韓への道を遠くすることの不安と、苛立ちを覚えたのであろう。
今すぐにでもと出航を命じた。
皇后を岩の上に立たせ、まわりに武将どもがきりっと立ち、東の空を仰ぎ、神々に旅の無事を祈り、今本船に向かおうとした。
「皇后様、せめてもう一日お体を安ませられては…。」
気丈な皇后様は、一日留まることが船を遅らせ三韓への道を遠くすることの不安と、苛立ちを覚えたのであろう。
今すぐにでもと出航を命じた。
皇后を岩の上に立たせ、まわりに武将どもがきりっと立ち、東の空を仰ぎ、神々に旅の無事を祈り、今本船に向かおうとした。
岩場のかげで共に旅の無事を祈っていた女官二人の腕には可愛い御子がしっかりと抱かれていた。
別れの悲しみを誰が伝えたのであろうか。
皇后の後姿に火のつくような赤ん坊の泣き声が降り注いでくる。
皇后は一度振り向くと急ぎ早やに船の中に消えた。
女官に抱かれた御子の泣き声は、やがて波間に消えて、岩の上に人影だけが母なる皇后の船を追い続けた。
別れの悲しみを誰が伝えたのであろうか。
皇后の後姿に火のつくような赤ん坊の泣き声が降り注いでくる。
皇后は一度振り向くと急ぎ早やに船の中に消えた。
女官に抱かれた御子の泣き声は、やがて波間に消えて、岩の上に人影だけが母なる皇后の船を追い続けた。