ノットのたかぼうず
記事編集:尾崎を語る会会員ノットのまわりは、それはそれは淋しい所でした。
岩の近くには、一抱えもある松の木が三本、丹羽の酒蔵との間に覆いかぶさるように広がり、東側にも三本、これも大きな枝を広げて、昼間でもそこを通るのを嫌がられる程でしたから、夜になると、一層暗く、大人でもひとり歩きはいやな道でした。
私の祖父は、この松の木の間で白ぎつねを見たそうです。
誰言うとなく《たかぼうず》が出るというので、一層この道は物騒な所となりました。
《今夜もたかぼうずが出た》《○○の人はたかぼうずに出会って腰をぬかした》ほうぼうでこんな話が出るようになりました。
《たかぼうず》それは大人を二倍ぐらいにした背の高さで、真っ白な毛を生やし、ぬっと松のかげから出てくるのですから、一目見るなり驚いてしまいます。
何人か恐ろしい目にあいました。
今のように電気もない(大正初年秋電気が尾崎に入った)時ですから、真っ暗の中に、ぬっと《たかぼうず》が出た時は、ぶるぶると震え、大声を立てようにも、のどがひりひり、びくびくするばかりで声も出ず、その辺の地面に、よたよたと座り込んでしまいました。
《たかぼうず》の出現で、おっかなびっくり、ノットの所を通るのもおそろしく、夜道は大人さえ通らなくなりました。
ある日、これを聞いた豪のもの《怪物の正体をあばかん》ものと、大きな割り木(たきぎにする木)を手に《たかぼうず》の現われるのを待つことにしました。
松の木の下は、夜の更けるにつれてますますその暗さを増し、しんと静まりかえり、時々、枝を伝って落ちる葉の音が、いやに大きく響きます。じっと目をこらして待つこと三十分ばかり。向かいの松の木の裏から、丈二メートルはあろう白い怪物がぬっと姿をあらわし、のっしのっしとこちらへ向かって来ます。今まで見たこともない、聞いたこともない大きなもの、白ぎつねの怪物だ。だんだん姿が大きくなり、待ち伏せている木に近づいてきます。
持っていた割り木をもういちど力を入れ、ぐっと握りなおし、微かに震える足をぐっと踏み込み、怪物から目を反らさず、攻撃の距離を測っていました。
今だ!
手が延び、割り木が《たかぼうず》の体の中程に当って、鈍い音がしました。
ウッーー、イタイーーー
《たかぼうず》の体が二つに別れて崩れ、足を擦って転げれる一体。頭を抱えて唸る一体。二つの体になってのたうちまわります。
《たかぼうず》の体が二つに別れて崩れ、足を擦って転げれる一体。頭を抱えて唸る一体。二つの体になってのたうちまわります。
《たすけてくれー》まさしく人の声。若い衆二人が肩車をし、白布をかぶったのが、いたずら白ぎつねの正体でした。